2008年9月5日 全国農業新聞 「視界不良の世の中ですが」

『ストレスのない牛は可愛い』

 

八王子市で酪農を営む磯沼正徳さんを訪ねた。私がお手伝いをしている「良い食材を伝える会」の会員と一緒である。大都市東京の郊外で、近くには小綺麗な建売住宅が迫っている。畜産公害も懸念される中でどんな風に牛を飼っているのか、とても関心があった。

 

ここは100頭ほどの牛がいるが、ほとんど臭いがない。秘密はすぐに分かった。ちょうど、大きなトラックが農場に入って来た。積んでいるのはコーヒーやカカオの粕である。近くの食品産業からの廃棄物である。これを牛舎に敷く。いくら脱臭剤を撒いても次の日にはもとに戻る。それならむしろ良い臭いのするものを撒く方が良いのでは、と磯沼さんは考えた。この結果、近隣の都市住民からの苦情は止まった。そして、牛もこの香りに包まれて穏やかに過ごす。

 

牛は繋がれていない。自由に牛舎を歩き回る。どこでも排泄するが、敷料の効果でぐちゃぐちゃになることはない。さらに磯沼さんは、搾る乳の量を増やさない。ホルスタインで年間8千㌔、ジャージーで5千㌔程度に抑えている。だから牛は疲れない。濃厚飼料をたくさん与えて乳量を増やし、牛の身体が消耗したら淘汰して、別のを入れるという、普通におこなわれている方式はとらない。牛は4回、5回と日本の平均を上回る回数のお産をする。えさの主体は干草などの粗飼料で、濃厚飼料は乳を搾る所に牛を呼び込むために与える程度である。

 

「それでもこの頃は、えさの価格が上がって経営は大変です。搾る乳の量が少ない分、売上は減りますが、代わりに自家製のヨーグルト、アイスクリームなどの販売で稼いでいますよ」。50㌃ほどの放牧場で、何頭かの牛が草を食べていた。一緒に行った人たちと中に入れてもらう。牛が寄って来て顔を擦りつけて来る。口々に「こんなに牛が犬みたいに人懐っこい知らなかった」。こちらが好意を持っていれば、牛は警戒しない。ストレスなく飼育されている牛は可愛いのである。