中村靖彦コーナー

  nakamura.jpg「消費者庁以前の問題だと思います」

良い食材を伝える会  代表理事 中村靖彦

 

船場吉兆の事件には驚きましたね。客が食べ残した料理を使い回ししていた、例の事件です。このところ、食品偽装はいろいろありました。でも、期限表示の違反などは、いけないことだけど、すぐ誰かがお腹をこわすといった事件ではなかった。でも、料理の使い回しは、いくら手をつけずに綺麗に残っていたといっても、埃とか客の唾くらいは飛んでいるでしょうし、衛生面でも危ない。保健所が立ち入り検査をしたのは当然です。

 

第一、もう一度焼き直して別の客に出すなど、料理人の誇りはどこへ行ったのか。そして、このような行為をじーっと見ていて、我慢していたであろう従業員の顔が目に浮かぶ。耐えきれなくなって、外部へ訴え出たのだろうけれど、外食産業の荒涼とした内側を見る思いがします。味の良さ、美しさなど日本料理を扱う繊細な技術と感覚どころか、モラルは崩壊しています。

 

立派な外食はもちろんたくさんあるでしょう。これは稀な例だと思いたいが、"他にも?"と疑い深くなる気持ちを抑えることができない。消費者庁を福田総理が考えて、具体化しようとしています。結構だと思いますが、それ以前の問題があるようですね。

 

今後、食と農についての私の思いを、ホームページの中村靖彦コーナーに発信していきます。
混沌とした現代へのメッセージとして読んで下さい。

 

 

ニュースレター08年春号

食べ物の値段・何故こんなに高くなるの?

中村靖彦●文

Text by Yasuhiko Nakamura

 

「パンが高くなったわね」
「カップ麺、いつからこんなに上がったの?」
「え、ハンバーガーは大衆路線と思っていたのに」
この頃、街のあちこちで聞かれる声です。
本当に食品の値上がりが著しいこの半年でした。しかも、まだ続きそうです。
新年度に入る4月以降も、ビール、ピザ、牛乳、さらに醤油など、暮らしに身近な食品を値上げしたいといっているメーカーが待機しています。


食品価格は何故こんなに高くなるのでしょうか?一言で言えば原油価格と食品の原料価格の高騰です。日本がほとんど全てを海外に依存している資源です。

 

原油はこのところ1バレル(159?)100ドルを突破しています。28年前、第2次石油危機が起きた時の価格が35ドルを超えたくらいでしたから、現在は大変な状態になっているわけです。燃料としての石油価格の値上がりがは全ての産業に響きます。そして日本はこの資源を完全に中東に依存しているのです。

 

 

平成18年11月5日付け 熊本日日新聞「論壇」

「石油も大事、だが飼料も大事」

 

『お金は大事だよ~』というCMがあった。滑稽なアヒルが登場するCMである。
この頃私は、真似をして、『石油は大事だよ~飼料も大事だよ~』と言いたい気持ちである。

 

その気持ちの原因はエタノールである。エタノールは、エチルアルコールである。
アメリカでは、ずっと続いている原油価格の値上がりに対抗するために、エタノールをガソリンに代わる燃料に使おうという雨後戯画活発になってきた。
車社会アメリカの、止むにやまれぬ対応なのである。このことは日本、いや世界にも少なからぬ影響を及ぼすだろう。

 

日本にも影響が留理由は、アメリカでエタノールを製造するのに使う原料がとうもろこしだからである。
アメリカは年間およそ3億トンものとうもろこしを生産する国である。

 

そのうち、四千六百万トンが輸出に向けられる。日本は毎年1600万トンほどを輸入している。
1200万トンが餌用、残りが澱粉用である。アメリカが、このとうもろこしを国内のエネルギー需要に向け始めれば、当然輸出は減るだろう。」とうもろこしの大輸入国である日本への影響は大きい。
2006年1月、ブッシュ大統領は一般教書演説で、アメリカ国民に対して呼びかけた。
エタノールなどの石油に代わるエネルギーの開発で、2005年までに中東からの原油の輸入を75%以上削減しようというのである。

 

 

2008年6月6日 全国農業新聞 「視界不良の世の中ですが」

『騒ぐだけでは困る』

 

予想通りのことになっている』。』最近の穀物価格の高騰をめぐるメディアの過熱ぶりのことである。
ずっと日本のメディアは、食料や農業問題には理解も関心も薄く、私はしばしばじれったい思いをしてきた。ただ、何時か食料事情が厳しくなった時には、今度は火がついたように書いたり、映像を流したりするだろうなとは思っていた。予想は、比較的早く現実となった。

 

新聞も放送も、連日、食料品の値上がりとその背景を競うように報道しまくっている。今にも、食べ物がなくなってしまうような論調さえある。
記者たちを指揮するデスクの顔が見えるようだ。「おい、ウチはアジアのコメ不足のこと、もっと書けねえのか。この新聞はずいぶん詳しいぞ」「その後、エタノールへのトウモロコシの転用はどうなっているんだ」。毎日、こんなやりとりが編集局の中を飛び交っているのだろう。遅れを取るな、どんどん書けである。
世界の重要なトピックである穀物危機を取り上げるのは結構なことである。だけど騒ぐだけではダメなのである。

 

 

2008年9月5日 全国農業新聞 「視界不良の世の中ですが」

『ストレスのない牛は可愛い』

 

八王子市で酪農を営む磯沼正徳さんを訪ねた。私がお手伝いをしている「良い食材を伝える会」の会員と一緒である。大都市東京の郊外で、近くには小綺麗な建売住宅が迫っている。畜産公害も懸念される中でどんな風に牛を飼っているのか、とても関心があった。

 

ここは100頭ほどの牛がいるが、ほとんど臭いがない。秘密はすぐに分かった。ちょうど、大きなトラックが農場に入って来た。積んでいるのはコーヒーやカカオの粕である。近くの食品産業からの廃棄物である。これを牛舎に敷く。いくら脱臭剤を撒いても次の日にはもとに戻る。それならむしろ良い臭いのするものを撒く方が良いのでは、と磯沼さんは考えた。この結果、近隣の都市住民からの苦情は止まった。そして、牛もこの香りに包まれて穏やかに過ごす。

 

牛は繋がれていない。自由に牛舎を歩き回る。どこでも排泄するが、敷料の効果でぐちゃぐちゃになることはない。さらに磯沼さんは、搾る乳の量を増やさない。ホルスタインで年間8千㌔、ジャージーで5千㌔程度に抑えている。だから牛は疲れない。濃厚飼料をたくさん与えて乳量を増やし、牛の身体が消耗したら淘汰して、別のを入れるという、普通におこなわれている方式はとらない。牛は4回、5回と日本の平均を上回る回数のお産をする。えさの主体は干草などの粗飼料で、濃厚飼料は乳を搾る所に牛を呼び込むために与える程度である。

 

「それでもこの頃は、えさの価格が上がって経営は大変です。搾る乳の量が少ない分、売上は減りますが、代わりに自家製のヨーグルト、アイスクリームなどの販売で稼いでいますよ」。50㌃ほどの放牧場で、何頭かの牛が草を食べていた。一緒に行った人たちと中に入れてもらう。牛が寄って来て顔を擦りつけて来る。口々に「こんなに牛が犬みたいに人懐っこい知らなかった」。こちらが好意を持っていれば、牛は警戒しない。ストレスなく飼育されている牛は可愛いのである。

 

 

2008年10月3日 全国農業新聞 「視界不良の世の中ですが」

~アメリカは頼りになるか~

 

アメリカ発の金融危機が世界を揺さぶっている。日本へも株の下落が津波となって押し寄せて、急激な円高もあって輸出産業を中心に打撃は大きく、景気の先行きは暗い。

 

折しも、アメリカ連邦準備制度理事会(FRB)の前理事長、グリーンスパン氏が反省の弁を述べている。報道によれば、彼は低所得者向けのサブプライム住宅ローンが、こんなに複雑に商品化されて世界中に売られるようになるとは思わなかった、規制が間に合わず、政策に一部間違いがあったと言っている。率直な点はいいが、今頃間違いがあったと言われても困るよ、というのが大方の反応ではないか。

 

私はふと、分野は違うがバイオエタノールのことを思い出した。とうもろこしを原料にしたエタノールで、ガソリンの代わりに使うというのがアメリカの意志である。ブッシュ大統領が、中等の原油への依存度を下げようとして、法律まで作って推進している事業である。とうもろこしは餌用が基本である。しかし補助金も出ているから、エタノール工場は農家から餌用よりは高くトウモロコシを買い上げる。新しい膨大な需要が生じたので、とうもろこし相場は高騰して、毎年1600㌧も輸入している日本もその影響をこうむっている。

 

アメリカ政府高官に言わせると、穀物価格の高騰へのエタノールの関わりは微々たるものだという。本当にそうだろうか。大豆からとうもろこし畑へ転換する農家もいて、穀物生産全体のバランスへも影響が及んでいるのが現実なのではないか。現在は、アメリカのとうもろこし生産農家は収入が増えて大喜びらしい。けれども一方、日本では餌の価格があまりにも高くなって、経営が維持できずに廃業する農家も現れている。この格差は実にひどい。

 

貿易は市場原理にもとづいていて、市府は関与できないというのが自由主義社会の鉄則だろう。しかしエタノールの奨励は国の意志であり、市場原理をかき乱している。アメリカをどこまで信頼して良いのか。経済の不況や穀物高騰を見て、私の懸念は膨らむばかりである。

 

平成20年11月17日 週刊「世界と日本」

「なぜ、"底なし"か 事故米横行」
~深層は消費者視点の発想欠如・問題意識のない旧食糧事務所職員~

 

カビ毒や農薬に汚染された事故米を、食用に転売していた事件、報道を聞いていて、規模はもちろん違うが、アメリカのサブプライム・ローンに端を発した金融危機を連想した。
どの部分なのか。三笠フーズ他3社から加工メーカー、その先の給食とか、お年寄りの施設にわたったコメの広がりが見当もつかない。アメリカのサブプライム・ローンも証券化して、儲かりそうな商品にして世界中に売りまくったから、どこにどれだけの不良債権があるのか、正確には誰も分からない。この点が似ていて、いわば底なし沼の様相を呈している。

 

汚染米については言うまでもなく、まず米穀加工販売会社の三笠フーズ他3社に、重大な責任がある。しかし、その根拠にはMA米=ミニマム・アクセス米がある。
1993年のウルグアイ・ラウンド決着に際して、日本がコメの関税化、つまり自由化を拒否した代償に、輸入を義務付けられたコメである。
この頃、一部の学者が〝これは義務じゃない、ただ輸入機会を提供しているだけだ。だから別に輸入しなくてもいいのだ″などと言う人がいるが、これは間違いである。
日本はコメを国家貿易にしているのであって、だから自由化拒否も国の意志、そうでなければ700%を超える高い関税などあり得ないし、代償としての輸入も、国に義務付けられているのである。現在、年に77万㌧も輸入している。日本のコメ総生産量の1割近い。
さて、このMA米、日本にとってはあまりいらないコメである。買う事は買うが、国産のコメに影響を及ぼさないという条件で、国内の生産者や国会議員などを納得させた経緯があるから、用途は限られる。
海外援助、一部の加工用、工業用、それに飼料用である。けれども、これだけの用途では十分に捌けない。だから、倉庫に積み上がる。カビも生える。
さらに、2006年5月から、日本はポジティブリスト制度を採用して、農薬の規制を一段と厳しくした。リストに載っている農薬は、使う事ができるが、残留の基準が決められた。
その数値は、移行期ということもあって、非常に厳しい。そこで、それ以前に輸入したMA米を改めて調べてみたら、現在の基準値を上回るコメが見つかった。
カビもそうだが、これでは工業用にしか使えない。乗りの増量剤である。当然きわめて安い価格、入札でトン当たり9000円程度で売り渡された。
普通の国産米を加工用、つまり焼酎とかあられ、煎餅用に買えば16万円ほどになる。だから9000円のコメを何度か仲介業者の手を経て食用に転売しても、それぞれ手数料を確保することができた。
少しでも安い原料が欲しいメーカーとか、お年寄りの施設などは、値段に釣られて、非食用とは知らずに買ってしまった。
しかし、こんな日陰者のコメにしてしまったのは、MA米がもともと農業生産者に配慮した制度にもとづくものだったからであり、そこには消費者の視点などはなかった。
あまり必要んでないコメでも保管料は、トン当たり年間1万円かかる。08年3月の在庫量は129万㌧、1年置いておけば129億円の金がかかる。
だから何とか、工業用でも何でも売ってしまいたかったのだが、実際の事務をおこなっていた農林水産省の出先機関が、またお粗末だった。
事務処理をしていたのは農政事務所である。この機関は、もとは食糧事務所といった。生産者から出荷してくるコメを食糧管理法にもとづき、全量検査する機関だった。
俵、後に袋からコメを何粒か抜き出し、1等米とか2等米などと判定する。ところが、食糧管理法は廃止となり、コメの検査は、国の仕事ではなくなる。食糧事務所は、農政事務所に衣替えをして、今度は食品表示の監視などの仕事をするようになった。
農業生産者よりの仕事から、消費者のための仕事への大転換である。しかし、機関の性格はそう急には変わるものではない。
食糧事務所の職員は最盛期には全国に3万人近くもいた。その後、配置換えや定年者は補充しないといった政策で数は減ったが、今日なお2000人ほどが残っている。
むろん本省も、人事の交流をはかって、かつての名残を払拭するように努めてはいるが、まだ十分でないことが、今回の事件でも分かった。
福岡農政事務所は、外からの通報を受けて、三笠フーズの九州工場へ、100回近くも立ち入り検査をしながら、不正を見つける事ができなかった。MA米を売りたいとの気持ちが強かったのか、非食用に売っているとの帳簿を見せられて、それ以上調べることはしなかった。
さらに、相手から接待まで受けていた。早めに二重帳簿を見つけていたら、こんなに広い範囲に汚染米が流通することはなかったはずで、まさに重大な失政と言わざるを得ない。
問題は、かつては年に1回だけ、誇りを持ってコメの検査をしていた機関が、多様化した現代の食の分野で、消費者や食品産業と直に接する最前線にいることである。
去年、北海道農政事務所は、ミートホープ社の食肉偽装の通報を受けながら、しばらく放置していた。展開が速い現代の食事情に向かい合う、緊張した問題意識に乏しいのではないか。
MA米にしても、農政事務の対応にしても、そもそものいきさつから見て、消費者の視点からの発想がなかったことが、これだけの重大な事件を引き起こしてしまったと言える。この点が、今夏の汚染米事件の深層だ、と思う。

 

国際シンポジウム 『アジアと日本の食と農の未来』

世界的な穀物需要が拡大する中、アジアの人口が急増しています。 日本はアジアの食料安定供給のために何ができるのか。

また、世界で人気が高まる日本食の安心・安全を確保し世界へ食材を供給するためにはどうしたらよいのか。
食料の安定供給、農林水産物の安心・安全の確保はこれからの大きな課題です。 アジアと日本のこれからの食の未来について、「量」と「質」の側面から討論を行います。

良い食材を伝える会、代表の中村靖彦がコーディネーターをつとめます。

  ● 開催日   2012年11月18日(日)
  
  ● 基調講演  寺島実郎

参加ご希望の方は「食と農林漁業の祭典国際シンポジウム」事務局まで。
 
  ● FAX   03-5468-0557

  ● お問い合わせ(平日10:00~18:00)  03-5468-0566

他にも各種イベントがございます。 詳しくはホームページをご覧ください。

  ● HP   http://www.shokunosaiten.net


               

2018年11月2日  『わらまで輸入するコメの国日本』   

 先日ある農業関係の新聞を読んでいましたら、一つの記事が私の目を引きました。
それは、中国でアフリカ豚コレラが発生したので、日本政府が中国からの稲わらの輸入を一部停止した、という記事でした。
 「へえ、稲わらまで輸入なの?」 日本はコメの国で、わらなんていくらでもあるのに、と私は感じました。今回はここから話を始めます。

 中国から日本向けに輸出する稲わらの加工施設は80か所もあって、殆どが東北部の遼寧省と吉林省にあります。今年の9月以降、これらの省でアフリカ豚コレラが発生したので、感染を防ぐために、日本への稲わらの輸出を停止したというのです。
豚コレラは非常に感染力が強い病気ですから輸出停止は当然のことです。ただ、私が注目したのは日本でもコメ生産に伴って大量の稲わらが出てくるはずなのに、なぜ輸入してまで確保しなければならないのか、という点でした。

 稲わらの用途は、主に牛のえさ用や牛舎に敷くためです。農林水産省の資料によりますと、エサ用に輸入するわらや殻は、年間27~28万トンです。一方日本におけるコメの生産量は、およそ730万トンです。
当然、このコメ生産に伴って、食べるためには使われない稲わらが、コメを少し上回る量、出てくるはずです。この稲わらはどこに行ってしまうのでしょうか。

 現在、コメの収穫作業は、コンバインといって、刈り取りと脱穀を一緒にやってしまう大型の機械によって行われています。その機械が田んぼを走りまわりますから、作業の時間は大幅に短くて済みます。
しかし、稲わらは作業の過程で、細かく裁断されて田んぼの上にバラ撒かれてしまいます。わらとして使うといっても、またこれを回収することは不可能です。ここにわらまでも輸入する日本の農業事情がありました。

 えさとしての需要は、主に牛の飼育です。もともと牛は草食動物で、わらや草などの繊維質のえさを食べて反芻することで胃の働きを活発にする性質があります。よく肉牛に脂肪であるサシを入れるために、栄養価の高い穀物のえさを与えると言いますが、それだけでは十分ではなく、飼育の後半にはわらなどの繊維質が必要です。
 調べてみますと、今から18年前にも、わらの輸入が停まったことがありました。この時は、口蹄疫という家畜の病気の原因が中国からのわらだと疑われました。日本はわらの輸入を停止して、畜産農家の間では大騒ぎになりました。
 この時も、コメをほぼ完全に自給している日本で、何故稲わらが自給できないのか、との議論が起きました。しかし、今回はそんな疑問さえ起きません。コンバインの普及が当たり前になって、稲わらは収穫物には入らないことが定着したからでしょうか。
 食料の輸入が広い範囲で行われている日本ですが、稲わらまでもが海外依存とは、いささか驚きですね。