中村靖彦コーナー
「コメがないから楽だ、なんてとんでもない」            

 貿易の大幅な自由化を盛り込んだ、TPP=環太平洋パートナーシップ協定が今月の30日に発効することが決まりました。今回はこの話題を取り上げます。

 この協定は、アメリカが言い出して5年前に日本も参加して協議が始まりました。
その後、言い出した張本人のアメリカが離脱し、
11か国での交渉がまとまった、といういわくつきの協定です。協定の趣旨は、国と国の間の貿易の壁を取り払って、モノ、人、金の自由な取引を原則とするというものです。農産物も例外ではありません。

 特に農産物貿易の自由化交渉の場合、日本は常に守勢に立たされて来ました。

消費者にとっては、自由化で安い食料が入ってくるのはプラスなのですが、その声は弱く現在以上の自由化は無理だ、という主張が政府、政治家、農業団体などから繰り返し唱えられて、諸外国からの市場開放の要求に防戦一方になるのが常でした。

 ところが今回は、もちろん重要な国際交渉ですから大きな話題にはなりましたが、落ち着いた決着という感じだったと思います。何が違ったかといえば、それはコメがなかったからだ、という人がいます。確かに決着した内容を見ると、オーストラリア向けにコメの特別輸入枠が設けられてはいますが、これだけです。前回のウルグアイラウント交渉では、コメの輸入は一粒たりとも認めないとする日本の抵抗で、連日コメ・コメの大騒ぎでした。この時に比べれば、今回は静かなもので、コメがないから楽だといった人の言い分も分かるようなきがします。

 
 だけど本当にそれで良いのでしょうか?日本は今回の
TPPの発効で、農林水産物の82%の関税を段階的に撤廃します。かなりの自由化です。内容を見ますと、牛肉の関税引き下げを初めとして、畜産物の市場開放の度合いが高いですね。

 例えば牛肉の関税は、現在の38.5%が16年目に9%まで下がるのですが、1年目にもう27.5%にまで低くなります。輸入牛肉が安い値段で食卓に並ぶのは結構ですが、市場開放のテンポは早く、生産者は結構大変だと思います。

 
 畜産農家は数は少ないのですが、皆プロの農家なんですね。コメ農家は、数は圧倒的に多くてそれだけに政治的な影響力も大きいのですが、サラリーマンの仕事のかたわら農業を営んでいる人が多いのが特徴です。いわゆる兼業農家ですね。

 畜産を営んでいる人たちには兼業農家はいません。お勤めをしながら出来る仕事ではありません。ほとんどがプロの農家です。

 彼らは、いわば将来の日本の食料生産を担う中核になる人たちです。もちろん政府もTPP発効と同時に経営安定対策を講じることにしています。けれども、TPPの次にはEUとかアメリカとの交渉があるかもしれません。日本も、プロの農家にも関わる本格的な自由化の時代になったことを認識する必要があると思います。コメがないから交渉は楽だなどと言っている場合ではありません。

                                             
 NHKラジオ第一放送「日曜コラム」より