第1部 講座
柴田博の 中高年こそ肉を摂れ
『瀬戸内寂聴・93歳』(NHKスペシャル11月22日放送)「がん宣告、密着500日、長寿の秘訣と作家魂」の印象的シーンの一コマ。仕事の後の夕食で、鉄板で焼いたお肉をたくさん、そしてペロリと美味そうに食べる。病魔に戦う闘病記に呻吟する執筆、安保法制反対デモにも参加するなど凄みのエネルギーとお肉…。
皆さんこんにちは。今日は「お肉」にのったお話をさせていただくわけですが、実は16年前に出版した『中高年こそ肉を摂れ』(講談社刊)のタイトルが、ちょっといいかなと思って、テーマをこれに決めました。当時、医者が「歳とったら肉を摂れ」なんて言う話は初めてだと言われ、あぁそう言えばそうかなぐらいに思いましたけど、現在では肉だけ食べてれば良いなんて極端な説も出てきて、それでいつの間にか私の立場は中道になっています。近頃は「50歳を過ぎたら炭水化物を摂るな」という本も売れてます。右に左に揺れる時代ですが、私は長い研究結果から、終始一貫して同じこと言っています。それで私の本を差し上げると、「先生の本は何度読んでも同じだ」なんて侮辱的なことを言う人がいますよ。(会場笑い)
私は医者になって半世紀、1965年から最初の7年間を東京大学の内科で脳卒中とか心臓病の診断や治療をしていました。地域に出掛け、元気な人を調べる疫学研究もして、「どういう人が病気になるか、どういう人が長生きするか」をやってました。当時は心臓病で死ぬ国民が一番多かった。因みに、アメリカも当時から心臓病で死ぬ人が一番多かった。そんなことで心臓病のことを基礎として習うわけですが、そこで脳卒中を診ていくと、栄養状態が良くない。脳の血管が破れる脳出血は、血圧が高くて栄養状態の悪い人がなるのはご承知でしょうが、脳の血管が詰まる病気はコレステロール値が高くて詰まるんだろうと考えられていた。実際に調べて見ると、コレステロールが低いほうに脳の血管が詰まりやすいという、逆の結果が出ていました。
それで私は1972年、病院と研究が出来る東京都板橋区の健康長寿医療センターに赴任して、老人ホームですが、そこで研究所と一緒になって長寿の研究を始めました。初めは何やっていいか分らないので、取り敢えず一番長生きしている人を片っ端しから調べようと考えました。先ごろ100歳を超えた百寿者「センチナリアン」が6万人を超えたという発表がありましたが、私の調べ始めた頃は、復帰した沖縄(1975年)を入れても全国に405人。その人たちを北海道から沖縄まで4分の1ほど、117人の体を調べ、食生活チェックをやりました。研究には栄養の専門家も一緒に行って食生活を分析し、一日の熱量が分ります。脂肪、炭水化物、タンパク質の三大栄養素の中でタンパク質は体も作るし、体をつかさどる重要な働きを持っている。
日本人の1日の熱量の中のタンパク質は当時も現在も変わっていません。ところが100歳のほうがタンパク質の割合が、国民の平均より高い。しかしカロリー全体はどうかと言うと、小さい時分から1000㌔カロリーで日本人平均の半分くらいは摂ってる。つまりこれを簡単に言うとね、低カロリーで高タンパク質ということです。
まぁ、当時の長寿食と言ったら玄米と菜っ葉と小魚ってイメージですよね。そこでタンパク質を余計に摂りなさいってことになると、「なに馬鹿なこと言ってんだ」と驚きます。当時の私は新米医者で、その分析に「お前のデータ間違ってないか?」と実験道具を持って来いって、信用されませんでしたね。さらに私たちが驚いたのが、タンパク質の中に卵・牛乳・肉・魚などの動物性タンパク質と、大豆製品など植物性タンパクの割合がどういうふうになってるかによって、国民の寿命がかなりはっきり決まることです。健康寿命がはっきり決まります。このとき100歳のタンパク質はどうなのか。つまり動物性と植物性タンパク質を足した中の動物性タンパク質の割合がどのくらいかってことです。
日本人は現在、動物性が52~53%程で多くなってきている。調査当時の40年前は50%より少し低く、動物性もやや少ない。だが100歳のほうを調べると59.6%。女性が57.8%でタンパク質の割合が多い。それだけでなく動物性のタンパク質の割合も国民平均をはるかに上回っている。つまり高齢者は低カロリーだけれども高タンパクで、しかも高動物性タンパクということが分かる。
そして9年位後には、100歳の人が400人だったのが1000人を超えている。全員の細かい栄養や食のパターンを調べると、例えば、魚介類とか肉・大豆製品・卵を毎日二回以上食べる人が半数以上いた。もちろん緑黄色野菜やヨーグルト、お菓子も食べてはいるんですけど、私たちがこれまでの調査から作り上げてきたのが偶然ではなく、長寿者の特徴であるということです。「中高年こそ肉を摂れ」というのが私の結論です。これは覚えておいて。他のことは忘れていいですから…(会場笑い)。
この理由を少しお話します。この結論について「100歳の今の姿を見てるんでしょ。その人たちが70歳位の時はどうだったのか」と問う人がいます。私たちは、70歳位からどういうふうに増加していくのか、どんなふうに食生活が変わっていくのか、どんな食生活している人が長生きしてるのかを研究をしてきました。これネズミなんかでやると、生まれて死ぬまで3年で終わるけど、100年間生きてる人ですから大変です。「先生、70歳からの研究じゃなくて、20歳から死ぬまで追っかけなかったのか?」って勝手なこと言う人もいます。それじゃあこっちが死んじゃって仕事が終わってしまう。(会場笑い)。それでどのくらいが自分の天命に間に合うかなって考え、70歳位に見当つけました。
そんなわけですが100歳の後に70歳の人を追跡しました。それでも私たち頭の中にはこれまでのデータがありますから、私の結論は年取った人は良質のタンパク質を摂らなくてはいけないということになります。私たちが100歳を調べたとき同様に、皆さんも若い時よりタンパク質の割合を少し上げましょう、少しね。そして、糖質はゼロにしちゃうとダメですよ。少し減らすのが正しい。そーするとカロリーが少し減る。若い時は咀嚼力があって、ラーメン食べても口の中に甘みが出てきます。後期高齢者になって私は、ラーメン食べても余り甘さを感じない。主食はほどほどにして、後でお酒飲みながら羊羹を食べる。要するに高齢者は、砂糖とかブドウ糖とか甘みを感じるのが遅くる。その分を甘い物で補わないと欲求不満になっちゃう。だから炭水化物を少し、タンパク質も割合を少し増やす。
ただ増やすって言っても全部を増やすじゃないですよ。国から「食事摂取基準」が出ていますが、若い人と年取った人のタンパク質は同じ量にしなさいと。だけどカロリーは高齢者のほうが低くなっている。カロリー全体の中のタンパク質の割合は高齢者が高くなっく、私たちの考えが政府の指針になっています。「2014年食生活の指針」の本を読んでみてください。若い時より動物性のタンパク質を若干増やしましょうと言い始めてから40年。まだ国の指針になってませんが、もうちょっと、僕の目の黒いうちに間に合うかな…私はずっと言ってきたことです。
どうして動物性のタンパク質がキーワードになるのか? 人類は肉食動物として250万年位前に肉から始まっています。日本人は魚介類で10万年位前から。農耕が1万年前で、欧米人と違って農耕なので腸が長いからミルクや牛乳や肉に合わない、と言う人がいます。そんなことない。実際に腸を科学的に比較した研究は根拠ゼロです。足が短いのは間違いないですね(会場笑い)。人類の遺伝子は4万年位前から西洋人であろうが日本人であろうが、基本的には変わっていません。日本でお米を作り始めたのは紀元前300年で、まだ2300年。それが世界遺産に喜んじゃって、牛乳は和食に合わないなんて言出し学校給食をやめっちゃった。すぐに私は文句言ったら取り消したけれど、農耕時代の頃は牛乳を飲んでいたし、チーズも食べていた。日本にはお米の歴史とミルクの歴史がある。ミルクは和食じゃなくて、和食はお米というのは間違いです。
肉食が食べ物として人間に活用されてるか、安全であるか。それをWHO(世界保健機関)で決めています。「アミノ酸スコア」が動物性のタンパク質は100で、畑の肉と言われ植物の中で一番の大豆が86。エビとかタイは下のほうで、いくらお金があってもこればっかり食べていたら100にはいかない。お米もスコアはかなり高く、小麦は低い。特に黒パンは繊維を摂るには良いけれどもタンパク質という見解からは「そればっかり食べていたら栄養失調になる」。そう言ったら「先生、小麦は半分の数値ですから、2倍食べたらいいんじゃないですか」だって、面白いことを言う若者がいます。
人間の体は一回入れたものをスルーできません。代謝…排泄するために人間の病気に負担がかかります。この負担が老化であり、動脈硬化であり、ガン患者になる。分りますか? ものによっては吸収しておしっこに出ちゃうような栄養とかありますが、牛乳以外は全部体に使われる。小麦は100㌘摂っても、全部体に使われる。米は半分くらいで、残ったものはスルー出来ない。人体に犠牲を払わないで追い出すことが出来ない。そこで人間は動物だから、動物性のタンパク質が一定の値を摂ってないと駄目だというのは、ここから出てます。
コレステロールは知ってますね。私は、医者になって半世紀ほど「コレステロールが悪者である」ことを取り払う戦いでした。コレステロールが悪者という賛成派にまわっていたら、もっと豊かな暮らしが出来たかもしれません。(会場笑い)。私の言っていることが正しいと証明されてきました。コレステロールをいくら摂っても、血中のコレステロールは上がらないということです。コレステロール・ゼロの食品を与えて少しずつ増やしていくと、卵一個半ぐらい消費カロリー増やして、ここまでは医者が気をつけるんですが、それ以上2個、3個、10個食べようと、実は人間の体がコレステロールを上げないようにしています。これが肉食動物の特徴です。ウサギのような草食動物は、食品の中に含まれるコレステロールを体にどんどん残るような体の仕組みが出来ている。肉食動物がそうだったら青天井で上がって来ます。これが天井効果といって上がらないようになっているのです。漸くこれが分ってきて、これは国の基準にも入っています。僕は一人で戦ってきて、漸く去年、コレステロールをいくら摂っても関係ないっていうことになりました。コレステロールを悪者にするのはものすごく不利です。
日本人は、動物性タンパク質が非常に少ない。100年位前の食生活では、お米を平均で五合位食べていた。宮沢賢治の詩に「雨にも負けず、玄米四合…」とありますが、動物性食品は毎日摂りません。一日に四回、親指の頭くらいの塩鮭をご飯のおかずに、漬物を少々ですね。4万年前から人間の遺伝子は変わってないから、100歳までは生きる遺伝子を持っている。旧約聖書を読むと、地上に住む人間は神様以外100歳位で、ノアの箱舟は100歳から1000歳近くまで生きている。地上の人間は、まぁ、平均寿命100歳位でいいんじゃないかって、これ限界寿命です。旧約聖書のモーゼは120歳で死んでいるが、いずれにしても4万年前位から100歳まで生きる能力は持っていたということです。
ところが皆んな100歳まで生きる遺伝子を持ってるのに、平均寿命が50歳になったのはわずか100年前です。何でそうなったのか、肉を食べる量が減ったからです。それがちょうど100年前になっています。(図表を差して)いろいろな国の肉の年間消費量を見ると、オーストラリアは111㎏。日本は何㎏の単位です、これ年間ですよ。動物性タンパク質は3kgで、植物性タンパクはコメと大豆で、タンパク質全体の95%が植物性タンパク質です。この割合は時代とともに、動物性が上がり植物性が落ちている。1980年頃に1対1になっています。この頃によーやく日本は長寿、つまり多くの方が長生きをするようになったわけです。「いや日本は、戦前も長寿だった」と言う人がいますが、そんなことはないです。平均寿命50歳に達するのに、当時で欧米に半世紀遅れている。だから食生活がいかに重要なことか。100歳のほうは時代を先取っているのね。今や増えて来るのを先に先にと。それで昭和40年(1965)は肉になっていく。(図表を差し)魚介類は割と変化なく、イモ類も変化ない。特徴的なのはお米がぐっと減ってくる。お米が減った分だけ乳類と肉が増えている。
病気のほうで言うと、昭和40年、お米が減るのと平行して脳血管疾患が減ってくる。脳血管疾患は脳の血管が破れるとか詰まったりする病気。肉や乳製品が増えてきたために脳血管疾患が減ってきて、1980年頃、とうとうガンの死亡率よりちょっと下へ。これが丁度、動物性タンパク質と植物性タンパク質が同じ割合になっている時期と一致するわけですね。だから、この栄養中のタンパク質の動物性と植物性の種類というのは、色々な寿命とか健康寿命とか、すべての健康指標として重要なわけで、これ多過ぎても駄目なんですね。アメリカは動物性が7割増えてかなり反省して、今は大分減ってきている。欧米は肉ばっか食べ、日本は肉を食べない。どっちも駄目なんですね。
誰でも彼でも肉を食べろって言ってるわけじゃないんですよ。私は日本人の中高年に肉を食べろって言ってる。中高年が自分の歴史を振り返ってみても、例えば20歳の時、肉をどんだけ食べていたか。20g位ですよ。30歳の頃でも30g。現在、70歳以上の平均は、大体60g。平均まで私もいかないが、私は若い時よりも肉を食べている。皆さんはどうですか? 食べているでしょか? 若い時はばんばんとビフテキなんか食べれたけど、最近食べられなくなってきたと、よくそういうこと聞きますが、それ錯覚なんですよ。平均的な量を見れば、我々の年代は年ととも増えてきている。しかし、それでもまだ足りないですよ。
高齢者の肉と魚の割合が2対1か3対1です。魚のほうが多い。それで私は20年前、ある老人施設で食生活を改善する試みを2年間やって、栄養を改善する重要課題を解決しました。今度はそれを秋田県の栄養状態の悪い地域に応用して4年間かかってやりました。「魚と肉の割合は1対1にしましょう」と私は言ってきたんですが、だいぶ私の言っていることに近づき、現在は3対2に。昔のように3対1とか2対1に比べると、ずいぶん良くなってきている。私は、これを地域全体の栄養だけではなくて国民全体に広げたい。
それで今、スーパー老人のような人たちも調べているんですよね。室井摩耶子さんという94歳の世界最高齢のピアニストの方を10年前に一回取り上げましたが、その時には他にも8人いました。その内の3人が今生き残っていて、(会場笑い)、生き残っているって言い方は失礼ですね。その中のお一人が皆さんご存知の吉沢久子さんで、室井摩耶子さんもお肉が好きで毎日、大体100gを食べる。この間も電話で「先生、もし森光子さんみたいに経済力があったら本当は牛肉を毎日食べたいんじゃないですか」って。まぁ、失礼な電話をしてきたんですが…。(会場笑い)。
私の基本は魚と肉が1対1です。平均的にはこれでいいですが、年取ったら魚の割合を増やしたほうが良くて、それで健康寿命がちょっと良くなる…これを証明できる頃には私もあの世に行ってるかもしれません。(会場笑い)。最後、「何をどれだけ食べたらよいか」という1日の食事で摂るべき量の目安を皆さんの資料に書いてあります。
70歳以上に関してだけは、肉は増える。70歳以上は青天井ですから。平均年齢は毎年上がり、年齢調整をして分析していたら70歳以上だけが異様に上がって来てる。その結果、だから70歳未満の栄養状態が悪くなってきている。さらによく分析していったら、インフルエンザで死ぬのは、昔は老人でしたが、7,8年前から8割ぐらいが老人でない。だから日本全体の栄養をそういうふう見ると、大変危機的状況にあります。まぁ、そういうことで、食育を学ぶだけじゃなくて、皆さんが食育の担い手となって、若い人にちょっと声をかけてみてください。確かなことは高齢者が今、なんとか良い栄養状態を保っている。若い世代は全滅しています。だから皆さん、是非今日勉強したことを社会に広めてください。
(講演の内容は、主催者が抄録してまとめました/服部栄養専門学校にて)