和食の講座

第1部


講演 服部 幸應さん

『お肉を食べると、あなたに至福の時間が到来する』



 お肉をもっと食べなきゃあ駄目だよね。半年前ですか、「食材の寺小屋」のほうで「食肉」について考えとてみよういうことで中村靖彦塾長がいらしたんです。社会的に生活習慣病に関心が高まっている中で、栄養失調の人が増えているというわけです。皆さんよくご存知の日野原重明先生(聖路加国際病院名誉院長)、お仕事でお付合いさせていただいて16年くらい経つんですけど、今年103歳ですが週に2回、ヒレ肉100グラムの牛肉を召し上がります。残り5日はお魚です。お魚も頭から骨まで齧っちゃうんです。百歳過ぎて齧っちゃう。お肉は私も先生に負けないほどいただくほうですけれども、先生を見ていて力強いなぁと思っています。それと先生は、召し上がるのも早い。きっと胃に歯が付いているのかなと思えるほど。召し上がった後に必ず追加して食べる物があります。蒟蒻です。お肉100グラム摂ると蒟蒻100グラム食べる。ジャジャジャって炒めて召し上がる。蒟蒻は胃腸を掃除すると言われますが、「君、これで行って来いだよ」っておっしゃるんです。いつもこんふうに合理的に考えられて召し上がっておられるのかなって、それが伝わってきます。
ある時期に「お肉は年齢をとったらやめよう」と言う人達が多かったけど、男性は60歳を超えたら、脂身の少ないお肉を出来るだけ摂ったほうが良いです。女性でしたら50歳を超えたらお肉を少しずつ増やしていく発想が、今はいいのではないでしょうか。

 ケトジェニック食事法のこと、皆さんご存知ですか。最近ケトジェニックダイエットが良いと言われています。アメリカ、マサチュセッツ工科大学のガレンテ教授に発見されたサーチュイン遺伝子が、身体と心を若々しく保つ働きをすることが分りました。摂取カロリーを制限することによりサーチュイン遺伝子がスイッチオンになり、動脈硬化やメタボリック症候群、心臓病、脳卒中などの加齢性疾患が予防でき、高齢期の生活の質が保てる分子機構が明らかになったのです。このサーチュイン遺伝子が肝臓でケトン体を合成し、このケトン体が脳や筋肉や肝臓に働き、体にアンチエイジング作用をもたらすのです。
 これまで私達は炭水化物を肝臓にグリコーゲンとして貯めていた。これが血液の中に加水分解して入ると、ブドウ糖になるのですけれども、ブドウ糖はグルグル回って脳の栄養になり、脳の栄養というのはブドウ糖以外受け付けなかったはずなんです。ところが面白い事が起って、なるべく早くブドウ糖を表に出そうという現象なんです。エネルギーとして出してしまうと、後でエネルギーになるのが脂肪です。脂肪にも色々あって、例えば中性脂肪ですが、皆さんはお腹あたりでだぶついていませんか? だぶついたお腹をすっきりさせたいなと思ったらケトン体を増やすことです。炭水化物がすべて表に出て行ってエネルギーが無くなった場合、次に中性脂肪が分解されて、これがケトン体になって脳のエネルギーにもなるということがエビデンスではっきりしてきました。ですからお勧めしたいのは糖質を変えることです。
 実は僕、去年12月31日からケトン体を意識して食べています。正月にお餅を1個食べていません、半分。今日はダイエットの話じゃないけど、一日ご飯茶碗半分程にして、牛肉でも豚肉でも出来るだけ食べるようにしています。一日のたんぱく質量は60グラムとか70グラムと言われていますが、皆さん、どのくらいの肉を食べたらいいですか。僕は1日300グラム摂っていますが、その5分の1にしかならないんですよ。そのようにお肉を摂って2週間。もう4キロ落ちました。今更なんで痩せるのかと言えば、高血圧症と心筋梗塞と、脳梗塞とかで友人が倒れています。60歳を超えて正常な状態で体の機能を働かせている人ってほとんどいませんね。皆さんは反応がないけれど大丈夫です? 私達は食べ物を少したんぱく質の方に寄るように持っていったほうが良いです。

 瀬戸内寂聴さんも肉食派ですよ。今年93歳になられ、仕事をする前にステーキを食べる。焼肉も好きです。今の時代の女性は肉食派が多いですね。(会場爆笑)。あれっ、意味が違ってない! 皆さん、焼肉屋でお肉をこうやって(手振り身振りで)ジュウジュウ焼いていると、何となく嬉しい気分になりますよね。これ、どうしてだかわかりますか。お肉の中に含まれている物質が食べて15分くらいである物質に入れ替るんです。イスラエルの教授達が発見したアナンダマイルと言います。サンスクリット語ですがぜひ覚えておいて欲しいです。
 人間の気持ちを楽しく歓喜にさせるアナンダマイルは、アラキドサンというたんぱく質が分解されて生まれます。嬉しくなって、意味もないのに笑い出したりします。これって危ないですよね。大麻をご存知、大麻にはカナビスという物質があって、これが至福な気持ちや歓喜な気持ちにさせるんですが、アナンダマイルは同じ系列で、分子式がそうなんです。大麻は駄目よ。だから牛肉、豚肉、鶏肉を食べてください。皆さん、アナンダマイルすよ。
 肉の食べ方にも色々があるけどジュウジュウ焼いている焼肉屋。皆ながうれしそうな顔して食べる、そういう気持ちになりましょうよ。

 皆さんは「サルコベニア肥満」を知っています。舌を噛みそう。サルコが「筋肉」の事で、ベニアが「減る」という意味です。50歳を超えた頃からお腹のあたりがダブついてきます。代謝が悪くなるからですが、運動もしなくなり、筋肉もどんどん減少します。その代わりに脂肪がつき、体重は変わらないのに筋肉がほとんど無いようになる。それで骨折しやすくなるんです。
 「BMI」はご存知ですよね。体重を身長の二乗で割った数値で、肥満度を表します。会場で「22」の人は手を上げてみてください。「25」を超えている人は問題で、肥満が始まっています。思春期を迎えると女性は、痩せ願望があります。僕は15年程前、ミスユニバースが始まった時の審査員第一号で、当時は八頭身女性に順番を決めて世界へ送り出すんですが、基準は顔の形で見てませんでしたね。BMIが「22」の基準よりちょっとポシャっとした女性で、1.5をプラスした「23.5」くらいを支持していました。他の審査員もそうでしたが、10年程前から基準が変わり「18.5」以下でないと優勝できなくなりました。これって栄養失調ですよ。こうならないと優勝しないんです。
 日本は今、世界192カ国の中の先進30ヵ国で、20歳から30歳までの女性平均が標準の「22」プラス1です。日本だけが「18.7」です。こんなに豊かな国なのに痩せ願望が強過ぎて、栄養失調になっています。世界の7不思議なんて言われていますよ。皆さんも心配じゃありません、僕は大変心配しています。

 日本の食生活は1965年から1985年の20年間が、最もバランスの良い食事だと言われています。65年(昭和40年)以前は炭水化物が多過ぎて、野菜も多く食べていましたけど、問題は塩でした。これが凄かったですよ。厚生省が秋田県で調査をやるので行ったんです。昭和40年には、一日の塩分摂取量が36グラム、漬物、お味噌汁、塩漬けの魚など塩味ばかりでした。三角形に塩を盛ってぺロッと舐めてから酒を飲み、塩が酒の肴には驚きました。今の塩分量は男性9グラム、女性7.5グラム以内ですが、現実は男性11.2グラム、女性10.7グラムで高血圧学会から6グラム、8グラムにしようと言われています。WHO基準は5グラム以内です。
 料理人が「冗談じゃあねえよ、塩なんか減らしたら美味いものも不味くなっちゃう」っておっしゃる。耳かき一杯の差で味がまるで違う。日本人は昔から、塩の使い方が上手なはずなんです。例えば、魚を焼く時、塩が臭み成分を皆持って出てくれる。それから軽くぬぐって色んな焼き物にしたり、揚げ物にしたりして、美味しくしていた。塩梅(あんばい)って大事ですよね。
 お肉はどうです。塩を何時かけますか。フランス人、イタリア人、スペイン人はフライパンにバーンと塩を入れちゃう。それで焼いていく。日本では1時間前とか30分前にお塩をパラパラって振って、臭みを出して、いわゆる水分まで表に出してから焼くでしょ。お魚類はそうですが、お肉をそれでやると旨味成分が全部出ちゃう。だからぎりぎり焼く寸前に塩を使う。コショウもそう。塩は使い方次第ですから塩の使い方を上手くなることです。
 塩分を少なくしたらどうするか。その知恵は塩を半分にした代わりに出汁をきちっと引く。出汁が使えない場合は香辛料を使う。塩を減らしてもカバー出来る事を家庭でもやってほしいです。
 僕は世界中に年間7、8回行きますが、日本がお袋の味を一番作ってない国になってしまってがっかりするの。小学生にお母さんの味、お袋の味を書き出してもらうと、肉じゃが、カレーライス、シュウマイ、チャーハンも多いですが、そこに石井のハンバークがある。「これ、何」って聞いたら、石井食品という有名なメーカーで作った調理済み加工食品のハンバークでした。毎回お母さんが、子供が好みだと言うのでチンして出してくれるのでお袋の味だって言うの。これお袋の味じゃあ無くて、袋の味ですよね。こういう時代になったんです。
 今日はお肉の話なのに横道に逸れてばかりですが、実は今、子供達の事が気になっています。躾をしてない子供が増えていますね。皆さんどう思います。僕の子供の頃は躾をしてない子供を見ると、「母ちゃんの顔が見たい」って、そう云われました。
 僕の家には卓袱台があって、明治の中頃からの習慣で、それまでは各人別の銘銘膳です。お父さん、お母さん、おじいちゃん、おばあちゃん、兄弟が皆な卓袱台に集まって、「お早うございます」と言い合って、次に座り直して「いただきます」って言うんです。そうしたら母が席を立って、妹も大きくなると席を立って台所に行くんです。残された僕に向かって、お父さん、おじいちゃん、おばあちゃんが僕の一挙手一投足を見ながら、「姿勢が悪いぞ」「箸の使い方がおかしいぞ」「なぜ人参食べないんだ」って言うのです。毎回、毎回煩わしいって思っていたある時、なぜそんな事を言うのかを聞いたんです。そうしたら他人様の前でそんな食べ方をしたら、笑われるのは家族だぞ、「馬鹿もん」って叱られました。
 今、個食の時代です。子供達は一人で食べています。(体勢を崩し)こうやろうが、どうやろうが、箸を刺そうが、誰も文句を言ってくれる人がいないんですよ。目の前のテレビを見ながらやっている。注意をされなかったら、人前に出ても同じことです。僕が時々そういうのを見かけて「君、姿勢が悪い」って言うと、「余計なお世話」だって、僕がすみませんなんて謝らなければならないことになっています。
 こういう事が不登校とかに無関係ではないと思います。今不登校は、平成18年は小学校だけで17万6、828名。あのブチンと切れて包丁振り回す子供達。子供達だけじゃないですよ、60歳までの間で約6万件だそうですよ。毎年、10パーセントずつ増えている。
 皆な食卓でキチンとした事を教わっていないからこんな社会にしちゃって、日本の国はこれから崩れるばかりです。僕はですね、皆でお鍋を囲んで、お肉をつまみながら楽しく行きましょうよって、そう提案したいです。

 僕は、世の中に「食育」を広めたいという気持ちなんです。挨拶が出来ないとか不登校の問題など、食卓でこれを変えられないか、変わらないかと考えています。
 イギリス病って聞いたことある人。40年前に日本でも新聞、テレビで報道されたましたね。簡単に説明すると、工業生産や輸出力の減退、慢性的なインフレと国際収支の悪化など経済停滞の病で、英国は社会不安の状況でした。
 実は僕、昨年オリンピックの招致委員だったものですから、お寿司とお蕎麦屋さんを連れて向こうで会長さんにパーテイを開く役目をして来たんですが、それで東京にオリンピック招致が成功したんですよ(会場笑い)。現地で僕は何やったかっていうと、牛肉持って行って、ローストビーフにしてお寿司を握らせたんです。大好評でした。松阪牛を持って行きましたが、日本のお肉で料理をやると、評判がすごく良いですね。
 その時にイギリス病のことが気になって役所に行って聞いたんです。イギリス病はその後どうなりましたかって。ニートの言葉はあの時に英国で生まれたのです。イギリスで仕事をしない子供が非常に増えたんです。それでブラブラしてて何もしない。食べるお金もないからお父さん、お母さんに小遣い頂戴って言って。このニートを生んだのが産業革命によってです。
 日本にもニートがいることは知っています。そういう意味では日本も産業革命を始めているんですね。工業国としてやってきた中で、同じ様に食卓が崩れたんだなと思います。食卓が崩れて、一緒に食事をしなくて、個食させたためヨーロッパが駄目になったんですよ。僕は日本がジャパン病だと思うんです。サッチャー首相が38年前に登場して、「皆で食事をしましょう」と言って、家庭で食事をする事になって、これが全部無くなったんですよ。それに38年間かかった。まさにこれが食育なんです。
 だから皆さん、時間がかかるかも知れないけれどもね、若い人、子供さん達を教育していくには、これからは食卓なんですね。その時にお肉の事を忘れずに。これ食べると元気になる、楽しくなるっていう今日の話をぜひ加えて下さい。アナンダマイルですから、皆さん、忘れないでください。

(講演の内容は、主催者が抄録してまとめました/服部栄養専門学校にて)

講師プロフィール
◆服部 幸應◆
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(学)服部学園 服部栄養専門学校理事長・校長 医学博士●次代の料理人を育成する学校を経営する一方で、テレビ、ラジオ、新聞等でも活躍。2007年に厚生労働省から健康大使を認定される。「食は人の心と体を育むものである」の考えを実践。「選食能力」「しつけ」「食料問題」を柱に食育の重要性を説き、その運動を精力的に展開する●『食育のすすめ』(マガジンハウス)、『大人の食育』(NHK出版)、『味を磨く』(角川書店)など著書多数

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【お肉のコラム】
◆食肉の上手な保存◆

食肉処理工場では部分肉に3日、マイナス35℃以下の急速冷凍し、その後ラッピング保管をマイナス20℃以下されている。1年以上変質しない状態に置かれる。

家庭の冷凍/ブロック肉
大きな塊は緩慢冷凍の状態になりやすく、あらかじめ作る料理を想定した形態に切り分けて冷凍。解凍した肉は再凍結しないこと。品質劣化、風味を損う。
家庭の冷凍/ひき肉
ラップ材に包み、空気を充分抜き、板状に伸ばして冷凍。積み重ねをしないこと。
家庭の冷凍/薄切り肉
1枚ずつラップ材で包むか、一定量ごとにビニール袋に入れ密封して冷凍。

解凍方法
低温で、ゆっくりが原則。肉のうまみになる肉汁を流れ出させないため。夕食使用には前日夜か当日朝に冷蔵庫に移す。室温に放置、流水や温湯に浸すのは厳禁。料理にもよるが半解凍での調理が良。

食肉に関するデータ:公益社団法人 日本食肉協議会発行『食肉の知識』引用
wahtr2650 エネルギーの栄養素別摂取構成比(年次推移) e-intake-ratio 資料:厚生労働省「平成23年国民健康・栄養調査報告」 wahtr2630

和食の講座

第2部


田村 隆料理話
おいしい調理のコツ教えます
1ゆっくりがおいしい牛すじ大根 2生姜の香りが漂う豚肉の生姜焼

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ゆっくりがおいしい!
牛すじ大根


──材料<作りやすい分量>──
牛すじ肉 1.5kg
大根   2本
にんにく 50g
昆布   30g
青ねぎ  3本
練りがらし 適量

酒 砂糖 醤油

──作り方──
@牛すじ肉は血や汚れがあれば洗い、たっぷりの湯を沸かしてアクをとりながら15分間ほどゆでる。
A鍋ごと水にさらして流水で洗い、粗熱がとれたら食べやすい大きさに切る。堅い部分と柔らかい部分に分ける。
B堅い部分をたっぷりの水に入れて火にかけ、落としぶたをして1時間ぐらいゆでる。柔らかい部分も加え、全体で2〜3時間ゆでる。肉とゆで汁を分けておく。
C大根は皮を厚めにむき、食べやすい大きさに回し切りする。にんにくはガーゼに包んで包丁の腹でつぶす
D鍋に大根、肉の順で入れ、ゆで汁に水を加えて3Lにして加える。
にんにく、昆布、酒(カップ2)も加えて強火にかけ、沸騰してアクをとったら中火にして落しぶたをする。
D大根が柔らかくなってきたら、砂糖(カップ1/2)しょうゆ(カップ1)を加え、沸騰したら火を止め、少し冷まして再び火にかける、という作業を3〜4回繰り返す。
F仕上げにしょうゆ(カップ1/4)を加え、青ねぎを散らして火を止める。
器に盛り、練りがらしを添える。

生姜の香り漂い、ひと味ちがう
豚肉のしょうが焼き


──材料(2人分)──
豚肩ロース肉(50g)4枚
しょうが   10g
刻みキャベツ 適量

ごま油 八方美人(万能調味料) 昆布だし(または水)

──作り方──
@豚肉に小麦粉をまぶす。しょうがは皮ごとおろす。
Aフライパンにごま油(大さじ2)を熱し、豚肉をゆっくり焼いて火を通す。
B八方美人(大さじ3)と昆布だし(大さじ3)を合わせ、おろしたしょうがを加え、フライパンに回し入れる。少々煮詰めて照りをだす。
C刻みキャベツを器に盛り、肉を一口大に切ってのせ、残ったタレをかける。

八方美人(作っておけば超重宝!)
みりん(2カップ)を沸かしアルコールを煮切る  *鍋に火が入らないよう注意!
しょうゆ(2カップ)、かつお節(30g)を加えて、煮立つ手前で火を止める
冷ましてから絞るようにしてこす。
びんなどで冷蔵庫で保存し、水か昆布だしで薄めて使う。

【応用例】
        八方美人 昆布だし(水)
おひたし      1 : 4
椀汁        1 : 8
揚げだし豆腐    1 : 3
すき焼き      1 : 1 (+砂糖)
肉じゃが      1 : 2〜2.5 (+砂糖)

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 「牛すじ大根」。昔、NHK「きょうの料理」でやらせていただきました。牛すじが手に入りにくいので、知り合いのお肉屋さんに行く時にとっておいてもらうといいですね。圧力鍋なら15分くらい、そうでなければ30分くらい茹でます。おでんの具に大阪は牛すじ、関東は魚すじ、九州は馬のアキレス腱が入り、馬すじって言うんですけどね。美味しいからと送って貰って茹でたけど、硬いところは全然歯が立たない、軟らかいところは融けちゃう。こういう調理は先ず茹でて、軟らかい部分と硬いのを手で触って分けて、軟らかいのは置いて硬いのをもう一回茹で、また触って繰り返す。
 料理する前に牛肉のすじの処理をやってしまうと、まな板を洗わなければいけないで先に野菜から、これが大事。お出汁の昆布。冬場は乾燥してパリンと割れる。割れるのは水分が無いって事で、ゆっくり水につけ、ふやけたところで火をつける。昆布の断面から出汁の旨味が出てくるが、鋏で細かく切ると昆布臭くなるからね。料理屋は一番ダシをこのまま入れます。皆さんは足りなければ、ほらっ、企業名は言いませんが大きな会社のシャシャってやるのをやりつつ、ちょっと本物を入れると出汁が美味しかったのがぐっと上がります。
 レシピにある「八方美人」は四方八方の人にいい顔をするあんまりいい言葉じゃあないですけども、「八方出汁」がありましてね、色んなところに使えるのでそう言ってます。極端な事を言うとお水と同じです。水はどんなものにも使える八方出汁ですよ。天つゆも何倍に薄めるかによって、家庭の出汁になりますね、お吸もののお出汁など。作る時よく何ccにナントカカントかって言ってますが、いい加減がいいんです。定義ってないです。ですから「自分の八方出汁」っていうのを決めておけばいいの。僕は味醂を、ぱっと火をつけてアルコールを煮切り、同割りの醤油を入れ、そして鰹節を入れる。そうすると、味醂と醤油が1対1で合わさったお出汁の調味料が出来るんです。そうすると、お出汁をとらなくても、これに昆布出汁と合わせるとお出汁になる。これを作って四方八方に使って、皆美味しくなるので、皆が美しくなり八方美人と言うことにしたんです。

 肉じゃがをやります。材料は大体見ればわかりますよね。玉葱と人参と、それから肉じゃがって言うくらいだから、サツマイモ入れちゃあ駄目ですよ(会場笑い)、ジャガイモですよ。先ほどの牛すじ大根で、大根の皮を剥く時に、こ大根のすじを残さないように。大根のすじを残さないように剥くの大変なんで嫌だったら剥かない。思いっきって剥かない事。どっちかね、どうせすじなんだから。
 牛すじ大根ですが、大根を切り、人参も細くなっていますが、大きさを揃える、長さを揃える、形を揃える、カットを揃える。料理って言うのは、なるべく同じ大きさ、サイズにするってことが大事ですね。小さいものがあったり、大きいのがあったりすると、煮上がりが変わります。ですから人参も、大きいところから細いところがあるんですが、なるべく同じ様に切るのを心がけて頂くと良いですね。玉葱も繊維があります。煮崩れをさせたい時には、繊維に逆らって直角に切ります。煮崩れさせたくない時は繊維に沿って切っていく。これはお爺ちゃんお婆ちゃんが食べるのか、若い人が食べるのか気遣いですよ。
 うちの親父が女房とお袋と、お昼に俺に隠れてステーキを食べてたんですよ。人が仕事をしている時にですよ。店の上が自宅なもんですから、そこでね。何か美味しい匂いがするから上がっていったらステーキ食べていてね、親父なんて言ったと思います。うちの女房に「今晩はすき焼きにしようか」って言ったんですよ。80歳ですけど、めちゃくちゃ元気なんですよ。やっぱり肉かね、粗食は長生きって言うけれど、肉食べないと駄目だね。
 しらたきは一度湯がいて臭みを取って、ゴマ油を加えてよく炒めます。これが田村流の肉じゃがの作り方です。あっ、プログラムには肉じゃがのレシピは書いてありませんから、僕の話を聞いていて。しらたきは中途半端に炒めては駄目です。水気がなくなり、ピチピチと飛び跳ねるまで炒めます。
 ここで(牛すじ大根)肉です。先ず茹でて軟らかくしてからです。生のうちに切ってしまうと、どのくらい縮むか部位が色々あるので、茹で上がったものを食べやすい大きさに切ります。ここに昆布とお水を入れ、お酒、にんにくを袋に入れて少し叩いて潰した状態.で入れます。香りが強いなあと思ったら、途中で引き上げちゃって下さい。お砂糖、塩とか味を調え、ゴトゴトと煮ていくんですが、「あく」を取りながら落し蓋をする。
 (肉じゃがに戻って)あのーう、硬い物から鍋に入れましょうって言うと、5秒くらいずつしか違わないのだけれど、まず硬いほうから入れますよね、あれ殆ど関係ないですね。気が付いたら10秒くらいで全部入れているんだから。それでゴマ油。これが美味しいですよ。お肉は豚バラ。豚こまでも良いですよ。豚肉を炒めてから、ここに野菜を投入する、って方いらっしますけども、たいして変わらないですよ。
 美味しいっていうのは味が濃いです。もし濃くなったらおダシを足せばいいんですけど、ものによってはそうはいかない場合があるじゃあないですか。だからそういう事も考えて、少なめ少なめに入れていく、それが大事です。それから、醤油というのは香りのものです。香りのものは10入れろってあったら、6とか7で止めといて、最後に残りを入れる。もしそれでちょうどだったら止める。でもほんの少し香り付けにちょっと入れると、パーっと世界が変わります。最後のひと垂らし、これがいい香りを醸し出しますね。ぜひ、少なめ少なめを心掛けてやっていただけたらと思います。
 どんなものを作る時でも、ずーっと火に掛けていると、東京ガスが儲かるだけで、美味しい料理は出来ません。必ず煮ては冷ましを繰り返し、煮て冷まし、煮て冷ましを7,8回やっていただいても結構です。そうしますとその時に、じわじわっと冷めながら味が出てくる。これが煮物の極意です。つまり煮ない時間が煮物を作る。寝ない時間が体を壊す。
 えーと、コトコトコトコト煮込んでいくと、(牛すじ鍋の中を指して)こういう状態になります。実はこれ一昨日から、火を入れたり止めたりやってきたのがこんなになります。味見します。味見は天井を見るんですよ。こうやっているとね、ああ味見をしているんだなって、プロらしい味見の極意です。
 (肉じゃが)クツクツいっているところに最初の醤油をグラスにひと垂らし、これでコトコトしておいて、最後にネギをバッと入れます。先ほどシラタキがピョンピョン飛んだでしょ、そうなったら水分がもう無くなって、水分の代わりにお出汁がすーっと早く入る。
 うちはじゃばら蒟蒻と言いまして、こっち側から斜めに包丁を入れ、裏っ返しにしてまた同じ方向に包丁を入れる。それをお湯の中に入れて油抜きをして、そしてお出汁の中で4日間くらい火にかけ下ろし、また火にかけ下ろす。実はガス代って限られていますので、若い衆が買い忘れたり、仕込みをし忘れたりするとすぐ分かるんです。切った時には上と下が醤油の色で、真ん中が白っぽくサンドイッチみたいになっている。味が浸み込んでいない証拠です。煮ては冷まし、煮ては冷ましということを繰り返す事が、煮物の極意です。パンを練って、発酵させる時に寝かす時間をベンチタイムって言いますが、ちょっと公園を散歩している時、ちょっとベンチに座って休もうかしらって、そういう時間をベンチタイムって言うそうなんです。日本料理ではベンチタイムって、よく火を通して休ませましょうねって、火を止めて休すませることです。
 例えば火を止めないで、煮込み料理でずーっと煮ていくと、おダシの成分も飛んでいって辛くなってきます。それを煮詰まるって言います。煮詰まっちゃったらどうするか。おダシを足せばいいです。調味料を足しては駄目ですよ。だから煮詰まったらいけないので、煮詰まる前に一回さます、これが大事です。

 レシピっていうのはあくまでも目安です。それをいちいち見ながらやるんじゃなくて、ちょっとしたら煮ては冷ましを繰り返す。そして調味料はちょっとずつちょっとずつ、そして最後に砂糖足したって醤油足したって良いわけですよ。でもちょっと辛くなっちゃったっていってお出汁を足したら、例えばせっかくの肉じゃがが、バランスが崩れるんです。ですから最後にちょっと足す。そういうふうにしていただくと、とってもよろしいかと思います。行き過ぎた料理よりもちょっと手前の味を心がけていただくと良いと思います。
 それから、よく豚汁は味噌を半分くらい入れて煮込んでおいて、そして食べる時にもう一回味噌を入れると、美味しく召し上がれる。それは味噌の香りが飛ばない。よく料理は愛情、料理は愛情って言いますけど、愛情を込めても不味いのは不味いです。愛情込めなくても美味しいものは美味しいですよ。料理を愛情で作るなら、味噌汁が一番。大根をお出汁で煮ておく、豆腐も温めておく、そこまでしておき、食べる分だけをお椀に入れて、そこで味噌を食べる分だけ溶く、これが「煮え花」と言い、料理の家庭での愛情ではないかなと思います。
 今日はお肉料理の講習会で味噌汁の話をしました。和食も世界遺産に登録されました。実を言うと、この賞は世界から和食をちゃんと今見直さないと、日本が駄目になっちゃうよっていう警告ではないかと思っている。そのための遺産ですよ、大田胃酸ではないですよ。そのための遺産、つまり今君達日本が、津波にあった、色んな事が起きて大変だ。でもね、こうやって賞をあげるから皆がんばってください。そういう世界からのメッセージだと僕は思うんです。ぜひ日本料理を大切にちょっとだけ本物を入れることによって、ずっと変わってきますので、ぜひ美味しい味噌汁をね、「煮え花」いい言葉ですよね、煮え花を召し上がっていただくような家庭を築いていって、日本を良くして頂きたいと思います。
 今日はひとつひとつポイントを皆さんにお話したつもりでおります。短い時間でしたがどうもご拝聴ありがとうございました。

(講演の内容は、主催者が抄録してまとめました/服部栄養専門学校にて)

講師プロフィール
◆田村 隆◆
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料亭「つきぢ田村」三代目●大学卒業後、大阪の名門料亭「高麗橋吉兆」で修業後、調理場の最前線に立ち和食の腕を振るう。料理学校の講師やNHKテレビの料理番組に出演し、各種の活字紙誌にエッセイ掲載。一般向けに食の伝承に力をそそぐ。平成22年に厚生労働省から大臣賞「現代の名工」を受賞。●『エッセイ 隠し包丁』(白水社)『日本料理の基本』(新星出版社)『田村隆の和食入門』(NHK出版)など著書多数。入

【お肉のコラム】
■日本史と食肉
古代人は焼肉を食していた。縄文時代は狩猟採集の食生活で肉を食べ、海辺の人は漁労をして魚介類を食べ、一方でクルミ、ドングリの実などを食べている。食糧は農業をしながら自然界からも狩猟や漁労で調達する食生活をしていた。この時代は家畜も飼われていた。
日本人は元来、穀物や野菜中心の食生活だから、肉食が体に合わないという説は間違いですね。月光と火を灯りに、古代人輪になり、焼肉をたべる情景が空想できる 仏教の肉食禁止。飛鳥時代後期(667年)、天武天皇が「殺生禁止令」を出す。肉食禁止はその後およそ500年間続く。

牛肉を食べていたのは誰か。西洋人が肉食の生活を持ち込み、織田信長の時代にキリシタン大名が牛肉料理を食べていた。ところが豊臣秀吉の「伴天連追放令」で、牛馬の食用を禁止。その後鎖国政策により肉食は定着しなかった。だが「薬食い」と称して貴族や武士の特権階級に食されてる。彦根藩から牛肉の味噌漬けを「養生肉」として将軍家に献上。文化文政の江戸期、町人がボタン肉(猪・山鯨)、もみじ肉(鹿)、さくら肉(馬)の鍋料理を好んだとか。

牛肉食が文明開化の象徴になった。ご存知鎖国を破る黒船到来から明治10年頃には東京に牛鍋屋が558軒。牛肉は不足し、それを補うために豚肉が登場する。その後、日露戦争以後、庶民の間に豚肉の旨味が脚光を浴び、大正7年に牛肉需要を逆転。
近代から現代へ、特に昭和40年代に平均寿命男69歳、女75歳になり、いま「人生80年時代」へ。食生活に食肉を上手に取入れた結果でないでしょうか。

食肉に関するデータ:公益社団法人 日本食肉協議会発行『食肉の知識』引用
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