平成20年11月17日 週刊「世界と日本」

「なぜ、"底なし"か 事故米横行」
~深層は消費者視点の発想欠如・問題意識のない旧食糧事務所職員~

 

カビ毒や農薬に汚染された事故米を、食用に転売していた事件、報道を聞いていて、規模はもちろん違うが、アメリカのサブプライム・ローンに端を発した金融危機を連想した。
どの部分なのか。三笠フーズ他3社から加工メーカー、その先の給食とか、お年寄りの施設にわたったコメの広がりが見当もつかない。アメリカのサブプライム・ローンも証券化して、儲かりそうな商品にして世界中に売りまくったから、どこにどれだけの不良債権があるのか、正確には誰も分からない。この点が似ていて、いわば底なし沼の様相を呈している。

 

汚染米については言うまでもなく、まず米穀加工販売会社の三笠フーズ他3社に、重大な責任がある。しかし、その根拠にはMA米=ミニマム・アクセス米がある。
1993年のウルグアイ・ラウンド決着に際して、日本がコメの関税化、つまり自由化を拒否した代償に、輸入を義務付けられたコメである。
この頃、一部の学者が〝これは義務じゃない、ただ輸入機会を提供しているだけだ。だから別に輸入しなくてもいいのだ″などと言う人がいるが、これは間違いである。
日本はコメを国家貿易にしているのであって、だから自由化拒否も国の意志、そうでなければ700%を超える高い関税などあり得ないし、代償としての輸入も、国に義務付けられているのである。現在、年に77万㌧も輸入している。日本のコメ総生産量の1割近い。
さて、このMA米、日本にとってはあまりいらないコメである。買う事は買うが、国産のコメに影響を及ぼさないという条件で、国内の生産者や国会議員などを納得させた経緯があるから、用途は限られる。
海外援助、一部の加工用、工業用、それに飼料用である。けれども、これだけの用途では十分に捌けない。だから、倉庫に積み上がる。カビも生える。
さらに、2006年5月から、日本はポジティブリスト制度を採用して、農薬の規制を一段と厳しくした。リストに載っている農薬は、使う事ができるが、残留の基準が決められた。
その数値は、移行期ということもあって、非常に厳しい。そこで、それ以前に輸入したMA米を改めて調べてみたら、現在の基準値を上回るコメが見つかった。
カビもそうだが、これでは工業用にしか使えない。乗りの増量剤である。当然きわめて安い価格、入札でトン当たり9000円程度で売り渡された。
普通の国産米を加工用、つまり焼酎とかあられ、煎餅用に買えば16万円ほどになる。だから9000円のコメを何度か仲介業者の手を経て食用に転売しても、それぞれ手数料を確保することができた。
少しでも安い原料が欲しいメーカーとか、お年寄りの施設などは、値段に釣られて、非食用とは知らずに買ってしまった。
しかし、こんな日陰者のコメにしてしまったのは、MA米がもともと農業生産者に配慮した制度にもとづくものだったからであり、そこには消費者の視点などはなかった。
あまり必要んでないコメでも保管料は、トン当たり年間1万円かかる。08年3月の在庫量は129万㌧、1年置いておけば129億円の金がかかる。
だから何とか、工業用でも何でも売ってしまいたかったのだが、実際の事務をおこなっていた農林水産省の出先機関が、またお粗末だった。
事務処理をしていたのは農政事務所である。この機関は、もとは食糧事務所といった。生産者から出荷してくるコメを食糧管理法にもとづき、全量検査する機関だった。
俵、後に袋からコメを何粒か抜き出し、1等米とか2等米などと判定する。ところが、食糧管理法は廃止となり、コメの検査は、国の仕事ではなくなる。食糧事務所は、農政事務所に衣替えをして、今度は食品表示の監視などの仕事をするようになった。
農業生産者よりの仕事から、消費者のための仕事への大転換である。しかし、機関の性格はそう急には変わるものではない。
食糧事務所の職員は最盛期には全国に3万人近くもいた。その後、配置換えや定年者は補充しないといった政策で数は減ったが、今日なお2000人ほどが残っている。
むろん本省も、人事の交流をはかって、かつての名残を払拭するように努めてはいるが、まだ十分でないことが、今回の事件でも分かった。
福岡農政事務所は、外からの通報を受けて、三笠フーズの九州工場へ、100回近くも立ち入り検査をしながら、不正を見つける事ができなかった。MA米を売りたいとの気持ちが強かったのか、非食用に売っているとの帳簿を見せられて、それ以上調べることはしなかった。
さらに、相手から接待まで受けていた。早めに二重帳簿を見つけていたら、こんなに広い範囲に汚染米が流通することはなかったはずで、まさに重大な失政と言わざるを得ない。
問題は、かつては年に1回だけ、誇りを持ってコメの検査をしていた機関が、多様化した現代の食の分野で、消費者や食品産業と直に接する最前線にいることである。
去年、北海道農政事務所は、ミートホープ社の食肉偽装の通報を受けながら、しばらく放置していた。展開が速い現代の食事情に向かい合う、緊張した問題意識に乏しいのではないか。
MA米にしても、農政事務の対応にしても、そもそものいきさつから見て、消費者の視点からの発想がなかったことが、これだけの重大な事件を引き起こしてしまったと言える。この点が、今夏の汚染米事件の深層だ、と思う。